December 5, 2009
December 4, 2009

何のために生きているか分からなかったとき

人生は途方もなく長いもののように感じていた。

何のために生きるか分かったとき

人生があまりにも短く感じた。

山中俊治の「デザインの骨格」 » 寺田寅彦「漫画と科学」

人体のエッセンスを単純な描線に抽出する漫画と、自然現象の本質をシンプルな法則として表現する科学は、どちらも抽象化による真理の記述だということですね。

ここで寺田先生のいう「漫画」はデフォルメの効いた戯画表現一般の事のようです。当時は漫画と言えば新聞などの風刺漫画が一般的だったようですが、それについては「私の考えている漫画としてはやや純粋を欠く」と言い切っています。それゆえに現代の「マンガ」や「コミック」、あるいは「アニメ」「イラスト」に置き換えても全く同じ論点でいけそう。

これを読んだのは一昨日の電車の中だったのですが、あまりの共感に鳥肌が立ちました。変な顔してたかも。漫画と科学はどちらも真理を抽出した表現形式である。この認識こそが、かつてエンジニアでありながら漫画家でもありたいと願い、今はプロダクトをデザインしている私の活動の立脚点そのものだったからです。

上の漫画は雑誌AXISのために2007年に私が書き下ろしたものです

山中俊治の「デザインの骨格」 » 寺田寅彦「漫画と科学」

人体のエッセンスを単純な描線に抽出する漫画と、自然現象の本質をシンプルな法則として表現する科学は、どちらも抽象化による真理の記述だということですね。

ここで寺田先生のいう「漫画」はデフォルメの効いた戯画表現一般の事のようです。当時は漫画と言えば新聞などの風刺漫画が一般的だったようですが、それについては「私の考えている漫画としてはやや純粋を欠く」と言い切っています。それゆえに現代の「マンガ」や「コミック」、あるいは「アニメ」「イラスト」に置き換えても全く同じ論点でいけそう。

これを読んだのは一昨日の電車の中だったのですが、あまりの共感に鳥肌が立ちました。変な顔してたかも。漫画と科学はどちらも真理を抽出した表現形式である。この認識こそが、かつてエンジニアでありながら漫画家でもありたいと願い、今はプロダクトをデザインしている私の活動の立脚点そのものだったからです。

上の漫画は雑誌AXISのために2007年に私が書き下ろしたものです

December 3, 2009